佐々木教道住職ってこんな人
■お坊さんになった経緯
1977年千葉県生まれ。1990年に得度。千葉県立長生高校を経て、1996年に立正大学 仏教学部 宗学科入学。多くを学び、卒業後の2002年、正榮山妙海寺 住職承認となる。

従来の方法に限らない布教活動とは、を考える中で、音楽活動をスタート。仏教の教えをより親しみやすい形で伝えることにより、これまでお寺がなかなかリーチしなかった層からの注目も集めている。
───地域振興活動をされているとお聞きしましたが
『熱血!!勝浦タンタンメン船団』というものがありまして。地元の商工会の青年部から立ち上がったんですけれどね。地域を盛り上げるために、B-1グランプリに出よう、という話になったんです。それを聞いて、自分も何かしたくなりまして。そこで同好会に入り、一緒に活動を開始しました。5年くらいかかってようやく、ゴールドグランプリを受賞することもできたんですよ。現在、船団の正会員として活動しているのは、約40店舗ほど。勝浦タンタンメンと一言でいっても、辛さもトッピングも実にさまざまなんですね。中には中華麺ではなく、生パスタを使用したものもありますよ。ぜひ訪れて、何軒かまわっていただきたいものです。

ちょっと遠くていけない…という方には、カップ麺の他、「勝浦タンタンメンチップス」、「ベビースターラーメン 勝浦タンタンメン風味」、あ、「勝浦タンタンメン風カレー」なんてものもあります。タンタンメン風だけど、カレー。面白いでしょう。
 
───どうしてこのような活動をすることになったのですか?
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勝浦市は人口が1万9000人。小さな小さな港町です。産業は主に漁業だけれど、従事者の平均年齢は75歳くらいじゃないかな。それを継ぐ人が少なくなっているというのと、あとそれ以外の仕事がないんですね。だから若者は、どうしても都心に出ていってしまう。当然、子供も少ない。放っておいたら、町自体がなくなってしまうかもしれない。それをなんとかしなくちゃ、という気持ちから、この活動に至ったんです。

実は、ここ5年ほど妙海寺で続けて開催している年1回の「寺市」も、同じ動機で始まっています。焼き物をやっている人、ハンドメイドのバッグをつくっている人、絵を描いている人…それぞれが、作品や造形品を持ち寄って販売するんです。それが、地域が活気づくキッカケになったらいいと思い、これまで続けています。
───今後取り組んでいきたいことはありますか?
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勝浦タンタンメンの第二弾的活動として、『勝浦マヒマヒプロジェクト』を立ち上げています。漁師の町だからこそできる町おこしってなんだろうって視点に立った時に、地元で獲れる「シイラ」という魚にスポットがあたったんですね。別名マヒマヒとも呼ばれていて、国によっては高級魚。白身で、美味しいお魚なんですよ。でも見た目が悪いとか、くさみが早く出るとか、、身が薄くて加工しづらいとか…そんな理由で流通にのってこなかったんです。釣れても、捨てられてしまう。やっぱり僧侶としては、このムダにしている命をどうにかしていかなきゃな、と!

今、全くお金になっていない資源が名物になってちゃんとした商売になれば、地元の漁業に人が戻ってくることも考えられます。地域振興というのはこんな風に、継続的に色々な切り口から、続けていかなければいけないと思いますね。

 
Comment
小さな頃、大好きだった親戚のお兄ちゃん。教道さんの印象はまさにそれ。境内で寺市を開いてみたり、弾けもしないギターを持ち出して仏の教えを伝える歌をつくってみたり、いきなりタンタンメンを広める人になっていたり。「えっ、お坊さんがそんなことして平気なの!?」と驚かされつつ、あまりに面白そうでつい後をついていきたくなる、一緒にやんちゃしたくなる。軽快な団扇太鼓の音を響かせながら、勝浦の港町を歩いていく教道さん。その先には、新しい時代の「仏教と人との関わり」があるのかもしれない。
Private
【主な作品】 フルアルバム 「しんが万象」「波歌綴り」 マキシシングル「境界線」等