早島英観住職ってこんな人
【お坊さんになった経緯】
1982年、福島県いわき市生まれ。17歳の時、祖父が亡くなったことをきっかけに、僧侶になるための道を進む決心をする。2000年、得度。2003年に、信行道場修了(正式な僧侶の資格を得る)。立正大学卒業後、日蓮宗の行政機関である日蓮宗宗務院に勤務。主に広報や寺院活性の企画担当をしていた。現在は、妙福寺 副住職として、自坊を多くの人が集う「学び寺」とすべく、日々奮闘している。
───副住職をつとめていらっしゃる妙福寺ですが、とても可愛らしいイメージキャラクターがいらっしゃいますね。
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はい。「あかふん君」といいます。住職・副住職と共に修行している、門前の小僧さんです。赤いふんどし姿をしている理由ですか? それは彼が、日蓮聖人の熱いハートに本当に憧れているからです。妙福寺のお祖師様(日蓮聖人像)は「生御影(いきみえい)のお祖師様」と呼ばれており、下帯姿です。普段はそこに私どもが衣を着せさせていただいているのですが、あかふん君は日蓮聖人を本当に尊敬しているので、そのままの姿を真似たくて仕方がないのです。下帯は最初白でしたが、彼の発育増進と幸福を願って、お寺の奥さんが赤く染めてくれました。どこかで会ったら「あかふん君」と声をかけてあげて下さい。
 
───どういった経緯で、妙福寺の副住職になられたのでしょうか。
生家は福島にあり、日蓮宗のお寺です。とはいえ、最初はお坊さんになる気持ちはあまりありませんでした。それが、17歳の時に大好きだった祖父が亡くなったことにより、僧侶になると決めたんです。祖父はお坊さんではなかったのですが、自分の中では本当に偉大な存在で…亡くなったことによる喪失感はとても大きく、当時は無気力な状態でした。それが枕経をあげにきてくださったお坊さんの読経を聞いたり、佇まいを見ているうちに、自然と心が落ちついてきたんですね。それがきっかけとなり、仏教系の大学に進み、卒業後は日蓮宗の宗務院につとめました。妙福寺は、そこで出会った妻の生まれたお寺なんです。
 
───今後、妙福寺をどのようなお寺にしていきたいとお考えですか?
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妙福寺には、「学び寺」というキーワードがあります。このお寺ならではのことが体験できて、知的好奇心を満たせる学び舎のような存在にしていきたいんです。現在はヨガや写経、仏教講座や日蓮宗の瞑想などが体験できるプログラムを随時開催しています。どれも経験や年齢、性別、仏教の知識の有無などを一切問わず、参加できるものです。今後もぜひとも多くの方に、こういった講座への参加をきっかけとして、妙福寺を訪れていただきたいと思います。

また「教えたい人」とお寺の間のご縁も、結ぶ存在でありたいですね。プロでもアマチュアでも、社会に何かを伝えていきたかったり学びを提供したかったり、そう考えている方はいらっしゃると思う。そんな方にお寺で催し物をしていただくことによって、そういった方とお檀家さんとのつながりもつくりたいですね。
Comment
妙福寺のHPを訪れると、とってもかわいらしい「あかふん君」が迎えてくれる。このキャラクターのおかげで、妙福寺がとても身近な存在に感じられるから不思議だ。副住職の早島さんも「あかふん君」のような存在。お寺と私たちの距離を縮めてくれる。さまざまなイベントや講座を企画し、さまざまな方々をお寺へと呼び込む。お檀家さんに限らず、多くの人とお寺をつないでいるのだ。「お寺は、縁側。お檀家さんもそうでない人も、地元の人も他の地域の人も、皆が自由に集まってくつろぎ、言葉を交わす場です」と語る早島さん。そんな早島さんと周囲の人々が共につくっていく妙福寺の今後が、楽しみでならない。
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